鉄ファンbaijingのブログです。鉄道や日常生活の出来事を綴っていきます。


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2007/04/02

BULLYING

 何気なくテレビをつけるとNHK教育の番組で学校での苛めが取り上げられていました。日本ではなくイギリスでの話ですが、国は違ってもその惨状は何ら変わらないものでした。

 昨年から、日本では苛めがあたかもブームであるかのように、テレビのニュースや新聞で頻繁に取り上げられていました。暴言を吐かれ、殴られることは勿論、物を投げられる、服にガムを付けられるといった有様で、酷い場合は自殺に踏み切るほどです。

 自分にとって特に考える必要があると思ったのは、苛る側にどのような対応をするべきなのかということでした。

 「苛められても無視しなさい、そのうち相手は諦めるだろう」。こういった「無視をする」という方法はよく耳にします。それに、親に相談してこう言われたから、息子が嫌でも目を反らし続けている場面は、ドラマでも映画でも、そして日常生活に於いても目にすることができます。アドバイスする側にとっては、人を苛めても面白くないとか、苛めの対象を変えようとか、そんな気持ちを加害者がもつと思っているのでしょうか。ですが、それでは根本的な解決に繋がっていないと思います。

 無視をするということは、苛められている場面を黙々と乗り切るということです。確かに、加害者にむやみやたらと抵抗しないわけですから、面白がってよりエスカレートすることは無いと思われます。反撃を避けて、被害の拡大を抑えるわけです。そのためには、もがくより何もせずにじっとしている方が良いと考えるわけです。

 ですが、そもそも苛めで楽しいのは相手を苦しめることですから、相手が無視をしたといっても加害者は何も気にとめないのではないでしょうか。中には相手の苦しみに気付いて深く考える人もいますが、全てそうなるかというと、はっきり言ってあり得ない話です。加害者にとって無視されるということは、これからも続く長い楽しみの一時に過ぎないということです。だからその場を乗り切ることができても、苛めの原因そのものが解決できていないから、今後も被害者が苦しむと言えるわけです。放っておけば良いという考えは間違っていると思います。

 苛めの責任は100%加害者にあって、決して被害者にはありません。「やった方が悪い」とはっきり言えるようでなければいけません。時々、「調子に乗ってあれこれ言ってくる」だの、「成績が良くてうっとおしい」だのほざいている人もいますが、そういった気持ちを相手に伝える方法は、なにも苛めに限ったことではありません。直接向き合って自分の意見をはっきり言えば済むことです。時間をかけてもいいから、徐々に相手が理解していけば済む問題なわけです。相手に解ってもらう方法は、気付かないだけで山ほどありますが、それで苛めという強引な行為に走ってしまうのは愚かなことだと思います。

 大人の世界でも苛めは存在しますが、だからといって許せることではありません。個人個人が真剣に考え、人を苛めて楽しもうという考えを切り捨てることが必要だと思います。苛めというのは諸刃の剣で、結果的にお互いが苦しむことになります。一度限りの人生を楽しむために、それぞれが仲間だと思い、共に生きていこうとする姿勢が大切なのではないでしょうか。